明日への勇気もらった

講演:高橋源一郎さん
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 十月三十一日午後、ラボール京都で「第四十五回 京都市教育研究集会」が行われ、分科会、全体会にのべ三七〇人が参加しました。


 午後の分科会にはワークショップを含む三十二本のレポートが出されました。青年も、レポーターの報告にじっと耳を傾け、日頃の疑問や悩みを出し合うことなど、どの分科会でも学びを深めることができました。 
 全体会では、まず京北の学校統廃合について地元住民に十分な説明のないまま強引にすすめられてきた経過や、京北地域のまちづくりの問題との関連などが報告されました。 SEALDs KANSAIからは、立ち上げの経過から全国への広がり、この間の戦争法案に反対するさまざまな運動、強行採決後も民主主義はこれからだとして戦争法を廃止に追い込むための活動などについてスピーチがありました。
 そして「戦後七十年ぼくらの民主主義なんだぜ」のタイトルで行われた高橋源一郎さんの講演は、参加者の笑いを誘いながらも大切な示唆を受ける充実した内容となりました。
 分科会感想より
○実際の作品を見せながら技術を教えていただき、とても勉強になりました。子どもたちの心の中の表現が自由にできる雰囲気作りが大切だと思いました。(図工・美術)
○育成学級、支援学校の実践が聞けたのでよかったです。「思春期の子どもをどう支えるか」という視点も出てきたので、今後も引き続き学びを続けたいです。(障害児教育)
○学年づくりの話が聞けてとても刺激的でした。どうやって、子どもたちが主体の集会がつくれるか…考えていきたいです。また悩みながら実践を語るレポーターの葛藤に共感しました。(学級づくり)
 全体会感想より
○民主主義は制度的な考えだけでなく、根源的に人間の関係という話が納得できた。また、文学の「こころ」の話がおもしろく良かったです。
○シールズの佐伯さんの熱のあるスピーチに、聞き入っておりました。高橋さんも言っておられましたが、「私はこう思います。」と主語が”I”なのがよかったです。行動する根拠、目的が伝わってきました。
○「自分のいる場所でそこにある問題を立ち上げる」という高橋先生の言葉が大変心に残りました。今の自分にできることを考え、行動していきたいと思います。
○高橋さんの講演は最後のことばが心にひびきました。自分が納得して自分のことばで考える。大事にしたいです。
○”私”という個人が生きやすい社会、弱者が生きやすい社会、そういった社会を実現していくのは私自身だと思わされるお話でした。
高橋源一郎さんの講演要旨
 私は、息子の入院をきっかけに「弱さの研究」を始め、山口県の祝島や福岡の認知症の施設などに通いました。
 息子が通う「きのくに子どもの村学園」で一番びっくりしたのは、学校の重要なことは、みんなが集まって決めることです。小学一年生から中学三年生、教職員全員が集まって、新しい教職員の選任も、学校にお菓子を持ってきていいのかも含めて決めます。そこでは授業としてではなく、実地で民主主義を体験させている。教育はデモクラシー=民主主義そのものなんです。そこで、「民主主義はこうやって使うんだ」と学びました。
 民主主義というのは選挙だったり、政治的なことを決めるシステムだと考えてきたのですが、もっと根が深い。組合とか、京都市とかたくさんの共同体があります。共同体の中で同じ人間として尊敬されている状態、それがデモクラティックな状態なんだと。その中で、人は豊かに活力をもって生きていられる。民主主義は、非常に有機的な生きたシステムだと思うようになりました。
 この夏、安保法制反対の運動が盛り上がり、シールズは注目を集めました。彼らのやっている運動が僕には魅力的に見えた。普段は楽しく若者らしく遊ぶ。何かあればSNSを利用して集まり、さっと解散して自分の生活に戻る。自由でフレキシブル(柔軟)な組織なんです。
 原発に反対する祝島のおばあちゃんも、デモの途中で隊列を抜け、みそ汁の火を消しに行く。そんなコミュニティーは居心地がいい。共同体の中で、ある種の完全なデモクラシーが実現したとき、普段は眠っている力が発揮されるのではないか。
 民主主義は、国会の中だけでなく、学校にも家庭にも、複数の人が集まって成すコミュニティーのすべてに、それぞれの形であるんだと思います。もっと発展し、大きな力を発揮する可能性があると思います。